トマス・グラバーさんのお墓へ・・・長崎・坂本国際墓地
長崎・坂本国際墓地(北ブロック)ゲート

長崎・坂本国際墓地(北ブロック)には、トマス B.グラバー夫妻と、その子、倉場富三郎夫妻も眠っています。
イギリス人、トマス B. グラバーは、長崎開港後の1859年(安政6年)に長崎に渡来し、大浦海岸通りにグラバー商会を設立して貿易商を営みました。
江戸時代末期には、坂本龍馬などの維新の志士たちを援助し(グラバー邸には志士を匿ったといわれる隠し部屋がある)、事業では大浦海岸で日本初の蒸気機関車アイアン・デューク号を走らせたり、長崎の小菅(こすげ)に造船所「ソロバンドック」を建設、長崎港外で「高島炭坑」を開発するなどと日本の近代化に大きな役割を果たしました。
日本で陸蒸気が最初に走ったのは新橋・横浜間ではなく長崎なのです。
キリンビールの発売に深く関わったのもグラバーでした。

グラバーは、1911年(明治44)12月16日、73年の生涯を終え、葬儀は東京の教会で行われ、遺骨はその後長崎へ戻り、ここ坂本国際墓地に埋葬されました。
右が、トマス・グラバーとその妻つるのお墓で、左がグラバーの子、倉場富三郎夫妻が眠る倉場家のお墓です。

トマス・グラバーの墓の碑文
妻「TSURU」の文字も見えます。喋々さんではありません。

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| 長崎 | 00:00 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑